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奥州市とその歴史について

奥州市は東北のかなめ

古くから東北の要の岩手県奥州市

奥州市は2006年2月20日に水沢市・ 江刺市・胆沢町・前沢町・衣川村の5つの市町村が合併して生まれました。奥州藤原氏の拠点となった平泉町と隣接し、江戸時代は奥州街道の重要な宿場町として栄えた街です。古代派の東北地王は気候が温暖であったため、歴史は古く、約3万5000年前の旧石器時代の柳沢舘遺跡、縄文時代の大清水上遺跡、弥生時代の清水下遺跡などが奥州市内にあります。大和朝廷から日高見国と呼ばれ独自の国家を築いており、6世紀半ばの大和朝廷帰属後も独立統治体制は続きました。729年、東北地方初の寺院として行基が黒石寺を建立しています。780年から始まった三十八年層の東北反乱軍の拠点にもな、朝廷から派遣された坂上田村麻呂に徹底抗戦しました。平安時代は豪族の阿倍氏の県政の方が国司よりも強く、前九年・後三年の役で滅ばされるまでは実質的に支配していました。その後の覇権は隣接した平泉に居を構えた奥州藤原氏、幕府から欧州奉行に任命された葛西氏と続き、戦国時代に伊達氏が治めています。江戸時代は、奥州街道と手倉街道と盛街道が交差する交通の要所であったため宿場町として栄え、商人街・鋳物の街・みちのくの小京都として知られています。

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